現在進行中  初霞の巻 

発句 春 白き峰越え来る里は初霞    花見川濤青
脇句 春 迎えに添える丹精の梅     小倉庵不易
相伴 春 蕎麦湯にも打ち手の気合い春の雪 浦霞影左
 四 秋 「鍋始めました」で、街の秋   青
 五 秋 此処彼処さだめなき世の落葉かな 易
 六 月 月明るくて居酒屋はしご     左
 七 雑 松前へ明日いちばんの北航路   易
 八 雑 祝儀盛り上ぐ伊万里の大皿    青
 九 春 角隠し春風なみだ小津映画    左
 十 春 遅日が繰らすセピアのアルバム  易
十一 花 声が降る花散る丘の始業式    青
十二 雑 モンスターママ教室に来る    左
十三 夏 上々の首尾にも遺恨麦の秋    易
十四 雑 サリンジャー逝きひとり飲む   青
十五 雑 横綱の重みを偲ぶ栃若時代    左
十六 秋 物を思はむそれぞれの秋     易
十七 月 名月や尖る心の溶けぬ夜     青
十八 秋 寝覚の床に蓼の花摘む      左
十九 雑 マイファニーバレンタインさあいつはね  青
廿  雑 二合斗りの米を炊く男(ひと)  易
廿一 夏 細身なり女性大食いこいのぼり  左
廿二 春 おぼろ月夜に鳴く鳥は何処    青
廿三 花 年足るゝ洞の栖(すみか)や花の蔭  易

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廿四 春 春の祭りに太鼓叩く児 左

このところ与野党もこの花の季節に政策を忘れ、小鳩内閣は宇宙遊泳中なんて揶揄されても反応無し。さて、挙げ句を仰せつかりましたので、このあたりで、選挙政権ばかりが目的の大人どもの目を覚まさせてやりたいと太鼓を子供に叩かせましょう。

廿三 花  年足るゝ洞の栖(すみか)や花の蔭   易
廿四 春  春の祭りに太鼓叩く児   左

徽宗皇帝描きし山鳩は、まろやかで厳かな気品におわしますゆえ、近くで太鼓なんぞを叩いて驚かしては芸がございません。ここは、隣村の春祭りくらいの距離感で、子供らが、祭りの主役を演じて懸命に無心でふるさと共同体を盛り上げようとして叩く太鼓ということにしておきます。この程度の音量であれば、高貴な山鳩も「くーっ!」と遠鳴りの祭り囃子に和して鳴いてもくれるでしょう。  
いかがでしょうか?

影左   拝
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遅い花です。易陳謝。

ご両所さま

如月の東風に吹かれてより此の方、そゞろ神の物につきて取るもの手につかず、花の便りに心をくるはせ、一巻蔑ろに取り乱したる事、深くお詫び申し上げます。 易平身低頭。

気も抜けてしまいましたが花の句、続けました。ご容赦の程を。

廿ニ 春 おぼろ月夜に鳴く鳥は何処 青
廿三 花 年足るゝ洞の栖(すみか)や花の蔭 易

「夜を籠めて鶏のそら音ははかるとも‥‥清少納言」モロコシの故事にもある如く、夜鳴く鳥は怪しゆうございます。ましてや朧夜ともなると、前句の大喰い女と相まって何やら横溝正史先生調にも展開できますが、残り二句ですのでここは静かに、花蔭に宿る徽宗皇帝描きし山鳩の忍び音風にまとめてみましたがいかがでしょうか。
迂生もこの鳥のように、古木の洞を住まいと出来ればこれに過ぎたる事はないのですが。

それでは、大変お待たせした上にご無礼なお願いで恐縮ですが、影左さま、ファイナル、挙句をよろしくお願い致します。易低頭平伏

今週末あたりからは都内、近郊も花の盛りを迎えますです。

櫻がり奇特や日ゝに五里六里 芭蕉

廿二 春 おぼろ月夜に鳴く鳥は何処   青

ぎゃるそね、とキーボードに打ち込めば、ちゃんと”ギャル曽根”と出て来るじゃーありませんか。
大食いタレントなるものは一世を風靡する感ありです。
ホッソリした娘とのデートは財布と相談ですな。
難しい句の後で、しかも花前ですので、トホホで、いきます。

廿一 夏 細身なり女性大食いこいのぼり     左
廿二 春 おぼろ月夜に鳴く鳥は何処       青

春の夜の生暖かい中、朧月が出ている時分になって、鳥が鳴くなんて、おかしな事もあるもんだ。
鳥は何処にいるのかえ。
妙なのは、近頃の女の子も、そうだねー。人前で何はばからず大飯を喰らうんだからね。まったく。
おや、内の子は何処へ行ったんだい。
また台所で食べてるのかい。まったく。

桜の前に月では、役が揃いすぎのきらいがありますが、まずはお目こぼしを。
いかがでしょうか
お粗末でした。これにて私めのお務め終了になります。
青 拝

廿一句、頂戴致しました。

影左さま、お早いお付けで痛み入ります。

廿 雑 二合斗りの米を炊く男 易
廿一 夏 細身なり女性大食いこいのぼり 左

「江戸っ子は皐月の鯉の吹流し口先ばかりで腸は無し」なぞと申しますが、昨今の東京っ子、特にご婦人方には腸も胆も据わったお方が多ございます。本朝の将来にとってはまことに心強い限りにございますが、ひきかへて男どもは一体何とした事でせう。

男の炊いた二合の飯をペロリと平らげる女人、しかも細身の楚々とした外見。さあどんな方なのでしょうか。前句の「男」に「女」で応えた相対付け、結構にございます。頂きます。

「恋に焦れて鳴く蝉よりも鳴かぬ螢が身を焦がす」打越や縺れでは全く在りませんが、「蓼の花」の句より恋含みの蓼螢がここまで翔んで来たようです。
廿一句目で、恋は恋でも池の鯉の瀧登り、威勢のよい鯉幟となりました。有難うございます。

それでは、お待たせしました濤青さま。今巻最後の句となります。花前、よろしくお願い致します。易平伏。

廿一 夏 細身なり女性大食いこいのぼり 左

宗匠さま涛青さま

 さて、宗匠さまの〈米を炊く男〉の様子は、失恋の痛手か、
自由気侭な生活ぶりかいろいろに想像が働きますが、
当世風に見ますれば、食事をつくるのが男性で食べるのが女性と
いう逆転構図も浮かび上がって参ります。

廿  雑 二合斗りの米を炊く男(ひと) 易
廿一 夏 細身なり女性大食いこいのぼり 左

若い女性のおちょぼ口がもてはやされたのは、いつの頃のことだったでしょうか。
今日では、若くて細身で口だけが大口の女性が、よく大食い大会で
優勝を勝ち取ります。
五月晴れの大空を泳ぐ真鯉も緋鯉も空いた口がふさがりません。
はしたなさが、全面に出過ぎかとも思われますがいかがでしょう?

影左  拝

裏入り、頂戴致しました。

濤青さま、影左さま、大変遅くなり申し訳ありません。名残の裏入り、頂きます。

十八 秋 寝覚の床に蓼の花摘む 左
十九 雑 マイファニーバレンタインさあいつはね 青

スタンダードナンバーのジャズが、会話の邪魔にならないほどに流れる小さなバーのひと隅。友人か同僚か、二人がカウンターで肩越しに交わしている噂の人物とは一体どのようなお方なのでしょうか。オールディーズよりもさらにオールドなお話のようです。マイルスの抑制の利いた響きには、ついつい良質のスコッチに手が伸びてしまいます。 易抑制。

それでは、グレンリべットの勢いを借りまして、続けます。

十九 雑 マイファニーバレンタインさあいつはね 青
廿 雑 二合斗りの米を炊く男(ひと) 易

酒も飲まずに、煙草も遣らず、口説く訳でもさらになく、どうしてあんなにモテるんでしょうかねぇ、あのお方は。どうも女心はよく解りませんなぁ。

濃厚に恋の成就をとの御所望にございますが、寝覚め・床・花摘む・ファニー・バレンタインと、すでにかなり濃いぃ状況下にありますれば、当て障りなく少し変わった御仁の風体に仕立ました。其角師の句に対した蕉翁の諷戒の句からの寸借にてご無礼致します。
(角ガ蓼螢ノ句ニ和ス「朝顔に我は飯くふをとこかな」)

それでは、長らくお待たせしました、影左さま。秋季以外にてお続け下されますよう、よろしくお願い申し上げます。小倉庵敬白。

十九 雑 マイファニーバレンタインさあいつはね  青

では、十九句、名残の裏に入ります。

影左さまの難しいシチュエーションから、夢をつむぐのはなかなかシンドイです。

十八 秋 寝覚の床に蓼の花摘む         左
十九 雑 マイファニーバレンタインさあいつはね 青

”蓼食う虫も好き好き”なのは、余人には計り知れない男女の仲。

格好良くないけど、私には、お目当てなの。
どうせ、他人には分かりっこないさ。
おかしな人なんだもの。
私のファニー・バレンタイン。
寝覚めのベッドで、しみじみ、そう思うよ。

恋です。お次の方、濃厚な恋に成就して下されたく。
いかがでしょうか。


"My Funny Valentine"は、ジャズのスタンダードの名曲で、フランク・シナトラ、エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーンら錚々たるジャズシンガーが歌ってますが、趣向を変えて、弘田三枝子さんにご登場願いましょうか。なかなかいいですよ。

   弘田三枝子 My Funny Valentine

   


其の昔、パリのハリーズ・バーで、ピアノ弾きにリクエストして、弾いてもらいました。
上手い演奏ではなかったけど。
口直しに、お隣の、ジャズバーにハシゴして、もう一度女性のボーカル付でやってもらいましたが、フィルム・ノワールに登場するユーロピアン・ジャズは、どこへ行ってしまったのかと寂しい思いをしたことを思い出します。

かのマイルス・デイビィスも定番です。しみじみと・・・

   Miles Davis, My Funny Valentine
   

青 拝

折端、頂戴致しました。

影左さま、十八句、折端の句、頂きます。

十七 月 名月や尖る心の溶けぬ夜 青
十八 秋 寝覚の床に蓼の花摘む 左

姨捨から馬籠に抜ける木曾路の風情、綺麗にお纏め頂き有難うございます。また、軽妙な俳画解説まで添えて頂き、濤青さまの洒脱な挿絵とともに、一巻にいっそうの風趣を与えて頂けました。易 深感謝。

「寝覚の床」は、かの浦島太郎が、あの禁断の玉手箱を開けてしまった場所なのだそうですね。
『水鏡』によりますと、雄略帝の廿ニ年(478)七月に蓬莱山に旅立ったと『日本書紀』に記載されている水江浦島子が、淳和帝の天長二年(825)、三百四十七年ぶりに帰還したとありますが、さて、その後の太郎はといいますと、世間のあまりの変わり様と、変わらぬ人の愚かさに落胆し、尖る心が溶けぬまま諸国を放浪し、木曾の山中で「えぇい しゃらくせい」てんで、玉手箱を一気に開け放ってしまったそうです。内からパッと白煙、この世は夢か現か幻か、沢で摘んだ穂蓼のほろ苦さとピリッと仄かな辛味に瞬時は覚醒するも、太郎は忽ちお爺さん。蓋を開けずにもう少し脚を延ばせば、あの姨捨の田毎の月を見ることもできでしょうに。

知るや知らずや、蕉翁の『更科紀行』や子規先生の蕉翁追体験紀行『かけはしの記』には触れられていない、影左さまならではの俳味に溢れた、木曽の谷合いに咲く蓼の花の、淡い匂い香の付一句でした。

「草の戸に我は蓼くふほたる哉 其角」晋子先生も俳号からしてかなり尖ってますね。

では、お待たせしました。濤師、いよいよファイナルラップ、名残の裏入りにございます。よろしくお付け運びのほど、お願い申し上げます。 小倉庵敬白。

十八 秋 寝覚の床に蓼の花摘む   左

宗匠さま涛青さま

 それでは、気を鎮めて十八句秋を参ります。

十七 月 名月や尖る心の溶けぬ夜 青
十八 秋 寝覚の床に蓼の花摘む  左

  Nezame1.jpg

  
  芭蕉 寝覚の床
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  Nezame3.jpg


 去年から今年にかけては世の中の出来事に尖らない日はありませんでした。
そんな日の夜には、溶けない心はすっぱり忘れて風呂にでも入り
100円ショップで見つけた新発売の発砲酒でも飲んで寝ましょう。
目覚めれば新しい朝が待っています。
 欲も見栄も忘れて、それぞれの幸せを味わう、そんな幸せの日々があるのです。

宗匠さま、いかがでしょう。

影左  拝

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月の句、頂きました。

濤青さま、月の句頂戴致しました。有難うございます。

十六 秋 物やは思はむそれぞれの秋 易
十七 月 名月や尖る心の溶けぬ夜 青

まんまるなお月さまの円に対して、鋭角的なこころ模様を配した線の描写が、秋の夜の清澄さを感じさせてくれます。
ただならぬ心の襞が疼く内実とは裏腹に、良夜は煌々と更けてゆきます。
「嘆けとて月やは物を思はするかこち顔なる我が涙かな 西行」
まあまあ、そう尖んがらがらずに、気をお鎮めくだされませ。

それでは、影左さま。秋の句をもう一句お続け頂けますよう願いあげまする。易拝礼
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