1. 連句24

現在進行中  初霞の巻 

発句 春 白き峰越え来る里は初霞    花見川濤青
脇句 春 迎えに添える丹精の梅     小倉庵不易
相伴 春 蕎麦湯にも打ち手の気合い春の雪 浦霞影左
 四 秋 「鍋始めました」で、街の秋   青
 五 秋 此処彼処さだめなき世の落葉かな 易
 六 月 月明るくて居酒屋はしご     左
 七 雑 松前へ明日いちばんの北航路   易
 八 雑 祝儀盛り上ぐ伊万里の大皿    青
 九 春 角隠し春風なみだ小津映画    左
 十 春 遅日が繰らすセピアのアルバム  易
十一 花 声が降る花散る丘の始業式    青
十二 雑 モンスターママ教室に来る    左
十三 夏 上々の首尾にも遺恨麦の秋    易
十四 雑 サリンジャー逝きひとり飲む   青
十五 雑 横綱の重みを偲ぶ栃若時代    左
十六 秋 物を思はむそれぞれの秋     易
十七 月 名月や尖る心の溶けぬ夜     青
十八 秋 寝覚の床に蓼の花摘む      左
十九 雑 マイファニーバレンタインさあいつはね  青
廿  雑 二合斗りの米を炊く男(ひと)  易
廿一 夏 細身なり女性大食いこいのぼり  左
廿二 春 おぼろ月夜に鳴く鳥は何処    青
廿三 花 年足るゝ洞の栖(すみか)や花の蔭  易

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十七 秋 名月や尖る心の溶けぬ夜   青

では、急ぎ、十七句まいります。

最近は、物を思えば、
マニフェストは破るわ、
外交は、ふらふらだし、
年金は削られるわ、
利子は付かないわ、
トヨタの社長は逃げ腰だわ、
行き場のないうつうつが、次第に尖りはじめてきています。
名月を見てもおそらく心は平になりますまい。

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十六 秋 物やは思はむそれぞれの秋       易
十七 秋 名月や尖る心の溶けぬ夜        青

いかがでしょうか。
青 拝

十六 秋 物やは思はむそれぞれの秋 易

ご両所さま。またまた間を空けてしまいました。スミマセン。易 絶不調。
櫻の塩梅が気にかゝり、三・四月の思い入れにて日々漫ろなる物思い、季節の病にて申し訳ありませぬ。ご賢察のほど願い上げまする。取り敢えずの遣句にて御無礼失義。

十五 雑 横綱の重みを偲ぶ栃若時代 左
十六 秋 物やは思はむそれぞれの秋 易

巨星堕つ、伝統(?)文化の継承。前二句、新聞の文化欄を見るような時事の装い。
「春が来たと大きな新聞広告 放哉」
近々の事柄に付随した惜日の俤の句が続きましたので、いっそ古歌仕立てで月を呼び出してみましたです。字足らず、字余りと来ましたので、いまひとつ変調を重ねて字余りで。易 不遜。
「月見れば千々に物こそ悲しけれ我が身一つの秋にはあらねど 千里」
四季の内でも秋の日はひと際ひと恋しくなる時候のようです。

次、こんなんで申し訳ありません濤師、名残りの月をお詠み頂けますよう願い上げまする。易 低頭平伏

十五句目、頂戴致しました。

影左さま、十五句目、頂きます。

十四 雑 サリンジャー逝きひとり飲む 青
十五 雑 横綱の重みを偲ぶ栃若時代 左

流れ去る時代の記憶は、うたかたにして美しきモノのみが残るようです。

「降る雪や明治は遠くなりにけり 草田男」

一時代を画した巨人たちにはひとしをの感慨が浮かびます。

酔いの回るにしたがって、文豪の死を悼みながら傾け始めたグラスの縁には、いつしか良き時代の俤が次々に浮かんでは消えてゆきます。
「栃若」の四股名とはまさに時代の春秋を代表する「錦」と「花」だったのですね。

つづき、月前の句。迂生の手番ですが、今暫しのご猶予を、ひらに。 易 平伏

十五 雑 横綱の重みを偲ぶ栃若時代  左

 人気絶大だった「ライ麦畑でつかまえて」は、日本の当時の多くの若者の心をも捉まえたようですが、モンゴルから来たとんがり横綱は捕まりそうで捕まらず、捕まる前に引退。ひとり残された同郷の横綱は来場所からひとり横綱の責任重大です。相撲が神事から出発したなんてモンゴルの暴れん坊さんには理解の埒外だったようです。こうなると思い起こされるのが栃若時代の土俵の熱気ですね。

十四 雑 サリンジャー逝きひとり飲む 青
十五 雑 横綱の重みを偲ぶ栃若時代  左

 サリンジャーにしろ、巨星がおちるとその光芒がまぶしく輝いて見えるものですからひとり飲む酒もそれなりの味わいに浸れますが、朝青龍のような横綱が消えると、後味が苦い。そうなると偲ばれる栃錦、若乃花時代です。
雑つづきになってしまいましたが、いかがでしょう、宗匠さま。

影左  拝
 

十四句、頂戴しました。

ニューハンプシャーの麦畑。どのような景観なのでしょうか。隠遁の日常とそれに相応しい土地の環境を、勝手に思い描いて楽しませて頂けました。

十三 夏 上々の首尾にも遺恨麦の秋 易
十四 雑 サリンジャー逝きひとり飲む 青

世界的ベストセラーの上々の首尾にも、最後まで納得のゆかないところがお有りになったのでしょうか。迂生のような者には到底図りかねる事柄なのでしょうね。

ご冥福を心よりお祈り致します。易 献盃

それでは影左さま、お続け頂けますよう、お願い申し上げます。易 低頭。

十四 雑 サリンジャー逝きひとり飲む       青

「麦秋」って、小津安二郎の映画にありましたっけ。
とにもかくにも麦畑です。

十三 夏 上々の首尾にも遺恨麦の秋       易
十四 雑 サリンジャー逝きひとり飲む       青


遺恨を持って、麦畑でつかまえます。

折しも『ライ麦畑でつかまえて』のJ・D・サリンジャーが逝きました。
51年の小説ですから、半世紀。

      Salinger90.jpg


サリンジャーは、50年というもの引退していたそうですね。すごい!
中国の隠者みたいですな。

サリンジャーを偲んで飲む酒は、もちろんライウイスキー。
時代を重ねたほろ苦い味がします。

即物的ですが、いかがでしょうか。

青 拝

十三 夏 上々の首尾にも遺恨麦の秋 易

ご両所さま。お待たせ致しました。名残の表に入ります。易 恐々謹厳。

十二 雑 モンスターママ教室に来る 左
十三 夏 上々の首尾にも遺恨麦の秋 易

刈入れ時の繁忙な周囲をしり目に、黄金色の畑をよぎって町中の鼻摘み者が行く。
首尾よくいったのはクレーマーのママなのか、受けて立った先生方なのか。
どこか納得のゆかぬ不完全燃焼。互いに遺恨を残したらしき暑き一日。
畑の人は畑の人で、麦の出来が上々ゆえの穫り入れ作業の倍苦労。加えて、今年のこの暑さはいったい何なんだ。

長考のわりには何とも愚案で申し訳ありませぬ。お目こぼしのほどを。
それでは濤師、次句にて由なにお締め直しのほど、ひとえに。易 恐々平伏。

十二句、頂きました。

影左さま、速攻のお付けを頂きながら遅くなりましてご無礼致しました。
また、毎回の台紙清書の労、お手数をお掛けしております。易 感謝深甚。
十二句、折端、頂戴致します。

十一 花 声が降る花散る丘の始業式 青
十二 雑 モンスターママ教室に来る 左

遠景の小学校から屋内の教室の様へ。遠い昔への追憶から現在の厳しい現実へと転じて頂きました。
ガラッと扉を開け放ち教室に入って来るご高名のママさん。ダースベーダーのテーマメロディが聞こえてきそうです。この穏やかな花散る丘の小さな学校に、いったい何が起ころうとしているのでしょうか。なにやら不穏な展開です。
病める現代社会の一面を鋭く抉る問題作、有難うございました。

微・苦・艶・冷笑。いくらか斜めに構えたウィットに富む風刺や笑いは、連句を観る時の楽しみのひとつでもあります。

老僧の顔を仏師に見せて置く 乙由
来る秋は風ばかりでもなかりけり 北枝
口切や北も召れて四畳半 蕪村

川柳になる一歩手前で打返す。笑いの質の高低はともかく、連句・俳諧に「滑稽」なるもの「笑い」は不可欠な要素のようです。

次句、笑いの内にも憂慮すべき現実を突きつけられ苦吟致しおります。今暫しお待ちあれかし。スイマセン。易 恐縮低頭

十二 雑 モンスターママ教室に来る  左

 セピアの写真から小学校へ。何か懐かしの世界に心地よく浸って心が温まり気分が弛んで来たところに、突如現実社会の断面が切り込んでくるなんてことが、よくありますね。十二句に、来ました来ました、モンスターママ。

十一 花 声が降る花散る丘の始業式  青
十二 雑 モンスターママ教室に来る  左

 学校で、怖いものと言えば、ちょっと前までは、学校のコワイうわさ花子さんがきたなんてのがありましたが、最近もっとコワイモンスターペアレンツと名乗る怪物がいるそうです。なかでも、モンスターママにかかったら、新人教師なんか、3日で登校拒否。時代が変わったのか、学校が変わったのかわかりません。
 花降る丘から、現代教育問題に直滑降は、すこし激しすぎでしょうか?宗匠さま。

影左   拝

花の句、頂きました。

濤青さま、お早いお付けで痛み入ります。花、頂戴いたしました。

十 春 遅日が繰くらすセピアのアルバム 易
十一 花 声が降る花散る丘の始業式 青

婚礼の様から進学の風情へ転じて、アルバムの中から在りし日の新学期の様子を取り出してくれました。花の散りしく明澄さと健やかな子供らの声が谺します。

濤青さまには珍しく写生句仕立てですね。
さまざまな“式”は人生の要所要所の区切り目、人の一生を句にすると
「入学式、結婚式にお葬式 正岡しき」となるそうですな。
正岡式の俳句をおやりになる方々の間では、写生写生とやかましく云われるそうですね。心象を表すのに必ずしも実景、実写に拘泥しなくともよいのではとも思いますが、其筋の方々にとってはいろいろと難しい事があるのでしょうね。よく知りませんが。

その点、連句は、出合い頭の前句に付けて物語を紡ぎだすわけですから、短編小説やショートショートのような虚構の醍醐味がありますね。まっ、つくり話や絵空事の愉しみですかね。(連句をなさる方は嘘吐きと云う事ではありません。蕉翁はじめ先達には生真面目な多くの名人がおられます。為念)

添えて頂きましたお写真もうれしいです。セピア処理もほどよく効いて。
どこかのTV番組でフォト俳句とか云うものがありました。解釈が限定されてしまう憾みはありますが、面白い趣向です。
全く私見ですが、句だけを取り出すと、写真に句を付けたものより、句が先にあるほうが広がりがあるように感じますが、どうでしょう。(これまた、どちらが先かは推測の限りのいい加減な事で恐縮なのですが。)
アニメーション映画『冬の日』のように、そのうち出るやも知れません3D連句などが登場すると楽しいでしょうねぇ。

それでは、長々とお待たせしました影左様。二度目の折端をよろしくお願い致します。
易 平伏
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